洗濯と読書の日々

インドネシア在住50代主婦 7人家族 猫6匹

お別れ

シス兄さんの病院がうちから近いこともあって、毎日仕事の後病院に寄ってから午後10時くらいにうちへ来て泊まっていたフィファ姉さん。

昨晩もそうでした。昨日は土曜日だったので義妹たちも泊まりに来ていました。

夜中の二時半に、私は千ちゃんの仔猫たちの授乳を終え、ベットでウトウトしかけた頃、なにやに居間の方で声がします。起きていくと、フィファ姉さんに病院からシス兄さんの容態が急変したので大至急来てくれ、と連絡があったとのこと。義妹たちも起きてきてました。
いつもは冷静なフィファ姉さんですが、この時ばかりは、気の毒なくらい動転しておられました。
高3の息子ダニ君の方が、落ち着いて見えました。

「じゃぁ、行って来るから」とフィファ姉さんは私に言って、ダニ君の運転するバイクで出かけて行きました。
居間に残された私と義妹たちは、なんだか眠ることが出来なくて、ソファに座ってしました。

その時、電話が鳴りました。

みんな一瞬ビクンとしました。
電話はフィファ姉さんからでした。
「さっき、トイレで大きい方したんだけど、気があせって流すの忘れちゃったから、流しておいて」

みんな大爆笑。それほど気が動転するのも無理ない状況です。

なんだか、ホッとしたような空気が流れたのですが、流しておいての電話の後、五分後に再度電話が鳴りました。病院についたフィファ姉さんからでした。
シス兄さんが、たった今亡くなったと・・・・・・・。

闘病生活一ヶ月でした。人間も自分の死期って予知できるのでしょうか。
シス兄さんは、入院当初、まだそれほど重症でもなく意識もはっきりした時期から、お見舞いに訪れる人みんなに最後のお別れの挨拶を言っては、フィファ姉さんに叱られてました。

フィファ姉さんの連絡を受けて、夫と義妹たちはすぐ病院へ行きました。
私はジャカルタから来ていた親戚の叔母たちを、フィファ姉さんの家へ車で送って行きました。
シス兄さんの遺体が自宅に運ばれるので、いろいろと準備があるそうです。
年配の叔母たちなので、「こういう時はね、家族はパニックになるから、回りの者がやってあげなきゃだめなのよ」と頼もしい限りでした。

病院から一旦帰って来た夫は、長男・次男・三男を連れてフィファ姉さんの家へ行きました。私は留守番です。
遺体は家で2時間くらい、親戚や近所の方とお別れしてから、すぐさま埋葬されます。
家族や親しい親戚の者たちによって清められた遺体は白の布で包装され、お墓へ埋められます。
お墓に行くのは男性陣と決まっているので、夫は息子たちを連れて行ったのです。

続きます。

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